清少納言の鋭い観察眼と独特の美意識が光る「はしたなきもの」。この章段では、平安時代の宮廷生活の中で「恥ずかしい」「みっともない」と感じられていたものたちが、現代にも通じる普遍的な人間心理とともに描かれています。一見軽やかな文章の中に隠された深い洞察力を、現代語訳とともに詳しく解説していきます。
目次
「はしたなきもの」ってどんな話?
「はしたなきもの」は、清少納言が『枕草子』の中で「みっともない」「恥ずかしい」と感じるものを列挙した章段です。平安時代の宮廷社会における美意識や価値観が生き生きと描かれており、現代の私たちが読んでも共感できる内容が多く含まれています。清少納言の観察力の鋭さと、人間の本質を見抜く洞察力の深さを感じることができる名文として親しまれています。
超簡単に!秒でわかる!「はしたなきもの」ってどんな話?
えーっと、昔の平安時代にすっごく頭のいいお姉さんがいたんだけど、その人が「これってダサくない?」「恥ずかしすぎでしょ!」って思うことをバーッと書いた話なの!
例えば、お客さんが来たときに家がぐちゃぐちゃだったり、知ったかぶりして間違えちゃったり、みんなの前で失敗しちゃったり…今でもあるあるなことがいっぱい書いてあるよ。
昔の人も今の人も、恥ずかしいと思うことって実は同じなんだなーって分かる面白い文章なんだ。読んでると「わかる〜!」って思わず言っちゃうような内容ばっかりで、すごく親近感がわいちゃう!
【原文】はしたなきものは時代を超えた人間観察の傑作
「はしたなきもの」は、清少納言の類まれな観察眼によって描かれた、平安時代の宮廷社会における「恥ずかしい」とされる事柄の集大成です。単なる事物の羅列ではなく、そこには深い人間洞察と鋭い社会批評が込められています。現代の私たちが読んでも色褪せない普遍性を持った名文として、多くの人に愛され続けているのです。
【現代語訳】いちばんやさしい訳で読んでみよう
原文
はしたなきもの宿直人の、寝過ごして、鐘の音に驚きて起きたるが、装束しもはては着で、冠をも着けず、襟つき合わせなどうちしつつ、ありつる上仕えたちなど尋ね歩くが、名残なくもあるかな。
現代語訳
恥ずかしいもの
宿直をする人が、寝過ごしてしまって、鐘の音に驚いて起きたところ、装束もきちんと着ないで、冠もかぶらず、襟合わせなどをしながら、さっきまでお仕えしていた人たちなどを探し回っているのは、実にみっともないことよ。
原文
男の、いみじき名を取りたる道にて、それより劣りたる人の中にまじりて、わろくしたる時。酔ひて物言ひかかりたる人の、さりげなくて過ぎんと思へるに、え去らで、同じことを繰り返し言ひて立てるも、いと見苦し。
現代語訳
男性が、たいそう優れた評判を得ている分野で、自分より劣った人たちの中に混じって、下手なことをしてしまった時。
酔っぱらって人に絡んできた人が、何気ないふりをして通り過ぎようと思っているのに、去ることができずに、同じことを繰り返し言って立っているのも、とても見苦しい。
文ごとのポイント解説!意味と情景をつかもう
宿直人の場面では、宮廷で夜勤をしていた男性が寝坊してしまい、慌てふためく様子が描かれています。ここでの「はしたなさ」は、準備不足による恥ずかしさを表現しています。装束を整えず、冠もかぶらずに右往左往する姿は、現代でも寝坊して慌てて支度をする私たちの姿と重なります。
専門分野での失敗を描いた場面では、プライドと現実のギャップが生む恥ずかしさが表現されています。得意分野であるはずなのに、格下の人の前で失敗してしまう屈辱感は、現代の職場やスポーツの世界でも共通する体験です。
酔っ払いの描写では、自制心を失った醜さが鋭く観察されています。何気ないふりをしながらも、実際には同じことを繰り返している姿は、人間の弱さと見栄を的確に捉えています。
【人物解説】清少納言の観察眼と美意識を知ろう
清少納言は平安時代中期の女流作家で、藤原定子に仕えた女房として宮廷生活を送りました。その鋭い観察力と独特の美意識、そして率直な物言いで知られ、『枕草子』を通じて平安時代の宮廷文化を現代に伝える貴重な存在となっています。
清少納言の特徴
- 鋭い観察力と批評精神
- 理知的で現実的な物の見方
- 美意識の高さと価値観の明確さ
- 率直で時に辛辣な表現力
これらの特徴により、「はしたなきもの」でも表面的な現象だけでなく、その背後にある人間心理まで深く洞察した描写が可能となっているのです。
【清少納言】なぜ「はしたなきもの」を書いたのか
清少納言が「はしたなきもの」を書いた背景には、宮廷社会への鋭い観察と批評精神があります。平安時代の宮廷は、厳格な礼儀作法と美意識に支配された世界でした。そこで生活する人々の些細な失敗や醜態を、清少納言は冷静に、時には辛辣に観察していたのです。
また、この章段には教育的な意味合いも込められています。「こうしたことは恥ずかしいものである」と示すことで、読み手に対して適切な振る舞いを促す効果も期待されました。同時に、人間の愚かしさや弱さを描くことで、人間観察の面白さも表現しています。
現代の私たちが読んでも共感できる内容が多いのは、清少納言が表面的な現象ではなく、人間の本質的な部分を捉えていたからなのです。
テストに出る語句・問題まとめ
古典の試験でよく出題される「はしたなきもの」のポイントを整理しました。重要語句の意味と用法、そして頻出問題のパターンを理解することで、確実に得点につなげることができます。特に現代語訳問題と内容説明問題は必須の対策項目です。
よく出る古語と意味
古語 | 意味 | 用例・注意点 |
---|---|---|
はしたなし | みっともない、恥ずかしい | 形容詞ク活用 |
宿直人 | 宮中で夜勤をする人 | とのいびと |
装束 | 正装、衣服 | しょうぞく |
名残なし | みっともない | 「名残」は体面、見苦しい様子 |
わろし | 悪い、下手だ | 「わるし」とは異なる |
見苦し | 見ていて不快である | みぐるし |
これらの語句は文脈によって微妙にニュアンスが変わるため、前後の文章をしっかり読んで適切な意味を選択することが重要です。特に「はしたなし」は現代語の「恥ずかしい」とは微妙に異なり、「体面を失う」「みっともない」という意味合いが強いことを覚えておきましょう。
よくあるテスト問題の例
問題1:現代語訳問題
「装束しもはては着で」を現代語に訳しなさい。
解答例:装束もきちんと着ないで
問題2:内容説明問題
「名残なくもあるかな」とあるが、作者はなぜこのように感じたのか説明しなさい。
解答例:宿直人が寝坊して慌てふためき、装束も整えずに右往左往している姿が、いかにもみっともなく見えたから。
問題3:表現技法問題
この文章に使われている表現技法とその効果について述べなさい。
解答例:列挙法を用いて、恥ずかしい事柄を次々と挙げることで、作者の鋭い観察力と批評精神を効果的に表現している。
覚え方のコツ!ストーリーで覚える古典
「はしたなきもの」を効率よく覚えるには、場面をイメージすることが重要です。まず宮廷での日常生活を想像し、そこで起こりうる「恥ずかしい場面」を具体的に思い浮かべてみましょう。
覚えるステップ
- 場面設定:平安時代の宮廷を思い浮かべる
- 人物像:慌てている宿直人、失敗した専門家、酔っ払いを想像
- 感情移入:自分がその場にいたらどう感じるかを考える
- 現代との比較:似たような現代の体験と結びつける
この方法により、単なる暗記ではなく理解を伴った記憶として定着させることができます。特に現代語訳問題では、場面をイメージできていれば自然な日本語で訳すことが可能になります。
まとめ|「はしたなきもの」で伝えたいことは「人間観察の妙と普遍的な美意識」
清少納言の「はしたなきもの」は、平安時代という特定の時代を背景としながらも、時代を超えて共感できる人間観察の傑作です。表面的には「恥ずかしいもの」を列挙した軽やかな文章に見えますが、その背後には深い洞察力と鋭い批評精神が隠されています。現代の私たちが読んでも色褪せない魅力を持つのは、人間の本質的な部分を的確に捉えているからなのです。
発展問題にチャレンジ!
より深く「はしたなきもの」を理解するための発展問題です。古典の世界を現代の視点から考察することで、文学の普遍性と現代的意義を発見していきましょう。じっくりと考えて、自分なりの答えを見つけてみてください。
① 清少納言が考える「はしたなさ」とはどんなものか、具体例を挙げて説明してみよう
回答例
清少納言が考える「はしたなさ」とは、単なる恥ずかしさではなく、社会的な体面や美意識に反する行為を指しています。
具体的には、宿直人が装束を整えずに慌てふためく姿や、得意分野で失敗してしまう専門家の姿が挙げられます。これらに共通するのは、期待される役割や立場にふさわしくない振る舞いをしてしまうことです。
現代で言えば、プレゼンテーションで準備不足が露呈したり、専門家として呼ばれた場で基本的なミスをしてしまったりすることに相当します。清少納言の「はしたなさ」は、個人の感情的な恥ずかしさよりも、社会的な評価や体面を重視した価値観に基づいているのです。
② 「見苦し」という表現から読み取れる、清少納言の美意識について考えよう
回答例
「見苦し」という表現には、清少納言の視覚的な美意識と品格への強いこだわりが表れています。
この言葉は単に「醜い」ということではなく、見ている人を不快にさせるという他者への配慮も含んでいます。酔っ払いが同じことを繰り返している場面で使われているように、自制心を失った姿を「見苦しい」と感じるのは、内面の品格が外見に現れるという考えが根底にあるからです。
清少納言の美意識は、外見の美しさだけでなく、行動や振る舞いの美しさをも重視しています。これは平安時代の宮廷文化における「もののあはれ」や「をかし」といった美的感覚とも通じる、総合的な美意識の表れなのです。
③ 現代社会における「はしたなきもの」とは何か、あなたの考えを四百字程度でまとめてみよう
回答例
現代社会における「はしたなきもの」は、SNSの普及によって大きく変化していると考えます。
清少納言の時代は宮廷という限られた空間での出来事でしたが、現代では個人の失敗や恥ずかしい行為が瞬時に世界中に拡散される可能性があります。例えば、公共の場でのマナー違反、SNSでの不適切な発言、オンライン会議での技術的なトラブルなどが現代版の「はしたなきもの」と言えるでしょう。
特に注目すべきは、現代では「承認欲求」が新たな恥ずかしさを生み出していることです。「いいね」の数を気にしすぎたり、インフルエンサーを装って失敗したりする姿は、清少納言が描いた「見栄を張って失敗する人」と本質的に同じです。
時代は変わっても、人間の虚栄心や見栄、そして社会的な体面を気にする心理は変わらないのだと実感します。